呉水交会

役員等

会   長  佐々木 孝 宣
副 会 長  佐 藤 正 志
副 会 長  松 原  進 
幹 事 長  佐 藤 正 志
副幹事長 木 津 忠 則
事務局長 木 津 忠 則

連絡先

〒737-0028

呉市幸町6-15

呉水交会事務所

TEL/FAX:0823-36-6662

メールアドレス:

kuresuikoukai01@hb.tp1.jp

呉水交会江田島地区自衛隊記念日行事に参加

 10月22日(土)青空の下、海上自衛隊第一術科学校において、令和4年度江田島地区自衛隊記念日行事が開催され、呉水交会からも佐々木会長以下約30名が参加した。
 記念式典において第一術科学校長白根勉海将補が明治21年海軍兵学校が江田島に移転され、また昭和31年には海上自衛隊術科学校が横須賀から移転されて以来の歴史、幹部候補生学校及び第一術科学校の学生、教官及び職員の本分等について式辞された後、来賓の明岳周作江田島市長が海上自衛隊に対する思いを込めた式辞を述べた。
 その後、第一術科学校及び幹部候補生学校の学校運営に協力された個人及び団体への感謝状の贈呈があった。本年度は個人表彰において、呉水交会渡部舟海会員(島根県在住 天台宗僧侶)が永年の海曹課程学生に対する訓育講話の功績により表彰の栄に浴した。
 式典に引き続き観閲式が行われた。呉音楽隊が演奏する行進曲「軍艦」に合わせて溌剌と行進する幹部候補生学校学生及び第一術科学校学生の雄姿に感動した参列者から大きな拍手が沸き起こった。
 なお、当日は、3年ぶりに江田島市と共催して「オータムフェスタ江田島2022」及び「海上花火大会」も開催された。
  (文:木津副幹事長 写真:内海常務幹事)

 

第六回呉水交会防衛セミナーを実施
呉阪急ホテル

 呉水交会は海洋安全保障に関わる思想の普及に資するため、独自に防衛セミナーを開催しています。平成29年度に第五回次実施以降は、呉地区の水害被害やコロナ禍の影響により開催できずにおりましたが、コロナ禍の収束がみえてきた10月1日(土)に、5年ぶりとなるセミナーの実施に至りました。
 講師は、全統幕議長で川崎重工業(株)顧問の河野克俊氏で、演題は「今後の日本の安全保障とその課題」、場所は呉駅前の阪急ホテルで、参加者は会員等101名に加え来賓として、新原市長、北川呉市議会議長、神津呉商工会義所会頭、呉地方総監伊藤海将、大31空群司令平木海将補等22名の123名でした。
 先日凶弾に倒れた阿部元首相の信任極めて厚かった講師による講話は、国難に殉じた英霊への崇敬極めて厚い元総理硫黄島訪問時の感動秘話の内幕に始まり、ロシアのウクライナ振興に関する分析では、統合幕僚長在任時に知己を得たロシア参謀長、中国の海洋進出に関しては、同じく米国太平洋軍司令官などと交わした会話の内容や、そのときの人となりなどから得られた、河野氏ならではの貴重な分析や考察などが大いに披露されるとともに、防衛費倍増が決定されたとはいえ、それまでに情勢が果たしてまってくれるかという切迫感を全ての聴衆が共有するに至るという時期を得た素晴らしい講演会となりました。
 また、講演会後は、これまた呉水交会では3年ぶりとなる懇親会が部屋を変えて行われ、講師の飾るところがない柔和は人柄に、参加した一人一人が直接触れることができたとともに、互いに久々の旧交を温めることも出来、参加者一同とても充実した時間を持つことができたものと思います。
 (文:土肥常務幹事 )

呉水交会
呉海軍墓地合同追悼式に参列
呉海軍墓地(呉市長迫公園内)

 9月23日(金)秋分の日、呉市長迫公園海軍墓地において呉海軍墓地顕彰保存会主催の第五十二回呉海軍墓地合同追悼式が行われ、呉水交会からも佐々木孝宜会長他隊員多数が参列した。
 「五点鐘」の鐘の音により式典の開始が告げられ、追悼式実行委員会竹川和登副委員長(呉水交会顧問)による開式の辞の後、海上自衛隊呉音楽隊の国歌吹奏により、国旗・軍艦旗が掲揚された。
 参列者全員で黙祷の後、同墓地顕彰保存会神津善三郎理事長(呉水交会特別顧問)が、「新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催が危惧されたが、第五十二回海軍墓地合同追悼式を開催することができたことに謝意を表し、恒久の平和と安定を祈念する。」旨の式辞を述べられた。
 引き続き、広島県知事代理田辺昌彦副知事、新原呉市長そして近傍の呉市長迫小学校代表の六年生の児童3人が追悼の言葉を述べた。追悼吟詠に引き続き、呉地方総監伊藤弘海将の参拝・献花の後、儀仗隊の敬礼・弔銃発射が行われ、鎮魂の三斉射が呉海軍墓地にこだました。
 弔銃発射の余韻が残る中、来賓等による献花が行われた。その後、呉音楽隊が追悼歌「長迫の丘」や鎮魂歌として「同期の桜」、「巡検ラッパ」(独奏)、「海行かば」、「行進曲軍艦」を演奏した。
 遺族代表謝辞において、戦艦「大和」高角砲指揮官であった祖父を偲び、平和を願う女性遺族の言葉が参列者の心を打った。国旗・軍艦旗が降納され、大之木捷太郎副委員長(呉水交会理事)の閉会の辞により、追悼式典は終了した。
 (文:木津副幹事長、写真:大倉広報担当幹事)

呉水交会 帰国出迎え
派遣海賊対処行動の第4護衛隊・護衛艦「さみだれ」呉帰投

 ソマリア沖・アデン湾において海賊対処活動に従事していた第41次派遣海賊対処行動水上部隊の第4護衛隊(司令1等海佐高橋秀彰)・「さみだれ」(艦長2等海佐田村真禎)が8月10日任務を終了し、母港呉に帰投。乗員家族や海上自衛隊関係者等、約190人が出迎えた。
 第41次水上部隊は今年1月9日に呉を出港、海賊対処活動のため担当海域のパタロールを実施するとともに、今回新たに付与されたオマーン湾における情報収集活動を併せて行うという7か月間にも及ぶ長期の任務行動に従事した。
 権益の関係で乗員の下船がかなわず、「さみだれ」飛行甲板上に司令・艦長以下乗員及び及び海上保安官(海賊検挙時の司法手続き従事のため乗艦)8名が整列待機する中、定刻の1000に出迎え式典が開始された。
 水上部隊指揮官の高橋4護隊司令が、「任務を終え、ただ今帰国しました。」と岸壁の自衛艦隊司令官湯浅秀樹海将に報告、次いで湯浅司令官から派遣部隊に特別賞状、部隊指揮官に第1級賞詞、引き続き討幕運用部長伍賀祥裕海将からさみだれ艦長に第2級防衛功労賞、先任伍長に第3級防衛功労賞が授与された。その後、岸信夫防衛大臣(呉総監伊藤海将代読)、湯浅自衛艦隊司令官の順訓示が行われ、派遣隊員の長期間にわたる労を称えるとともにその間の留守家族の労に対して感謝の意が伝えられた。最後に参列の国会議員、市長(代理)及び海保関係者等の来賓紹介があり、閉式となった。
 なお、本式典に呉水交会から佐々木会長ほか会員9名が水交会キャップを着帽し水交会の幟を携え参加した。
 (文:小畑副事務局長、 写真:宮川常務幹事)

呉水交会呉教育隊課業整列を研修

 呉水交会(会長佐々木孝宜)は、7月26日(火)呉教育隊(司令一等海佐渡邊雄一)の課業整列等を研修した。
 平成26年度から水交会行事として各教育隊の練習員課程、一般海曹候補生課程及び海曹予定者課程各一名に対し激励賞を贈呈することとなった。
 これに合わせ、呉水交会行事として、教育入隊中の練習員や一般海曹候補生の成長の過程を実際に知ること及び学生・職員の士気高揚の一助になればとの思いもあって、同年度から内燃研修を実施していたが、コロナ禍の影響により令和2年度から中断を余儀なくされていた。


 この度、呉教育隊の協力を得て再開することができ、当日0745呉教育隊に参集した佐々木会長を含む会員4名は、渡邊司令の出迎えを受けた後、教務係長生田2尉の案内で号令台付近に移動した。
 鮮やかな緑の芝生が心地よいグランドにおいて、国旗掲揚及び第16期一般海曹候補生課程及び第378期練習員課程の課業整列、定時点検、5分間講話、課業行進等を見学した。
 見学後、司令公室において司令、副長との懇談時、佐々木会長から渡邊司令に一般海曹候補生及び練習員の激励品として「水交会クリアファイル」600枚を贈呈し、記念撮影の後、解散となった。


 来月下旬の終業式を控え4月に入隊したばかりの若者とは思えぬ程に、日焼けし逞しく成長した学生の姿を目の当たりにすることができ、コロナ禍の中、多くの学生を抱え指導されている司令はじめ教官、職員のご苦労には頭の下がる思いがした。
 学生の生気溌剌とした挙動動作に接し、参加者一同、清々しい気持ちで呉教育隊を後にした。


 
第71回掃海殉職者追悼式に参列

 呉水交会(会長:佐々木孝宜)は、5月28日呉地方総監部主催の第71回掃海殉職者追悼式に参列した。
 呉水交会は、先の大戦において我が国周辺に敷設された日米両国の機雷の戦後の処理業務等に従事中に殉職された79名の掃海殉職隊員の偉業を永久に讃えるという事業を解散した航敬会から引き継いでおり、例年であれば、追悼式前日に中型マイクロバスで会員約25名が四国に進出、適宜の研修を実施、地元の会員とともに夕方の高松港での艦上レセプションから翌日の昼食会までの掃海殉職者追悼式およびその関連行事に参加し、終了後、呉に帰投するという流れであった。
 しかしながら、コロナ禍において、掃海殉職者追悼式は、第69回は呉監飲み、第70回は呉監、掃海隊群の限られた参加者により実施され、ご遺族その他呉水交会をはじめとする招待者等の参加はに送られてきた。
 コロナ禍はいぜん継続しているものの、今回は、呉地方総監部伊藤弘海将のご尽力により、艦上レセプション、昼食会等の実施は見送られたものの、掃海殉職者追悼式だけは2年ぶりに実施されたものである。また、招待者は香川県に限るとされたものの、呉水交会からはその事業がゆえに特別に佐々木呉水交会会長以下10名が参加することができたものであり、呉水交会参加者は個別に私有車両等により、現地に進出し追悼式に参加した。
 5月28日(土)、掃海殉職者追悼式前に金毘羅宮高橋由一記念館で実施されたご遺族との懇談では、海上自衛隊側から伊藤呉地方総監、海幕副長斎藤聡海将および掃海隊群司令金刺基幸海将補、ご遺族(2家族2名)、呉水交会から佐々木会長、木津副幹事長、細谷元航敬会会長および住田担当常務幹事が出席し、呉水交会として初対面である海上自衛隊側とご遺族との間を取り持ち、追悼式に臨むに当たり両者に良好な関係を構築することに尽力した。
 懇談参加者は、ご遺族をエスコートする伊藤呉地方総監を先頭に金毘羅宮高橋由一記念館から参道を下り、左に折れ、吉田茂首相が揮毫された掃海殉職者顕彰碑前に準備された会場の席につき第71回掃海殉職者追悼式が開催された。
 本追悼式は、掃海殉職者顕彰碑が建立された昭和27年以来毎年5月末に挙行されており、今年もご遺族2家族2名、地元選出国会議員、慰霊碑建立発起人の地方自治体の長、海上幕僚副長をはじめとする自衛隊関係者、海上保安大学校長等海上保安庁関係者等の多数の来賓や呉水交会会員、海自掃海OB、隊員約150名が参列する中で厳かに遂行された。
 追悼の辞は金刺掃海隊群司令が掃海殉職者に対する思いや今後の顕彰継続の重要性について述べられた。衆議院議員大野敬太朗元防衛大臣政務官、香川県知事(危機管理総局長代読)、琴平町長(総務課長代読)の追悼の詞の次に佐々木呉水交会会長が呉水交会を代表して、航路、港湾の危険かつ困難な掃海業務に従事して壮烈な殉職を遂げられた79柱の御霊を祭る慰霊碑を前に追悼の詞を述べ、最後に「今後も我が呉水交会がその偉業を称え、御霊の慰霊顕彰に努めていくことを固くお誓い申し上げます。」と結んだ。
 海上自衛隊員夏礼装の純白と金毘羅宮境内にそびえる木々の新緑が見事に調和した情景の下、時折吹き抜けるそよ風に心地よさを感じる中、儀仗隊による弔銃発射音が境内に響き渡り、参列者による献花、呉音楽隊による追悼の調べが流れ、掃海殉職者を追悼するにふさわしい厳かな式典を盛り上げた。
 記念撮影をもって追悼式は終了し、参加いただいたご遺族と来年の再開を誓い、掃海殉職者追悼式の例年どうりの開催を期待しつつ、各自帰路についた。
 (文:住田常務幹事 写真:宮川常務幹事)

呉水交会令和4年度「海軍祭」開催

 呉水交会(会長:佐々木孝宜)は令和4年度海軍祭を5月22日(日)五月晴れの広島城内、広島護国神社において開催した。昭和37年5月27日、旧広島水交会が初めて斎行以来、今年で62回目となる。新型コロナウイルスの感染状況が高止まりしている状況から、参加者は関係役員等のみの19名であった。
 午前10時30分、本殿前において呉水交会員の手により粛々と「軍艦旗掲揚」を行った。
 引き続き本殿において「祝詞奏上」(117年前の日本海海戦の様子を語り、これからも国の礎は揺るぐことなく栄えさせ給えとの趣旨)「巫女舞」(香淳皇太后の御詠歌を振り付けした巫女の舞は、国に殉じた海軍将兵の慰霊と往時の功を偲ばせる優雅なものであった)「玉串奉奠」等の祭事が厳粛に執り行われた。

その後、斎主を務められた藤本宮司から、同宮司の曽祖父が奏上されていた漢文による日本海海戦大勝利の祝詞原紙のコピーを拝受した。
 117年前の祝詞からも東洋の一小国に過ぎなかった日本の連合艦隊が、当時世界最強と言われていたロシアのバルチック艦隊を壊滅させ、世界が驚嘆した様子が偲ばれた。
 祭事終了後、軍艦旗を降下し、お下がりのお神酒等を頂き海軍祭は無事終了した。
 例年であれば、引き続き直会殿において講演会、懇親会を行っていたが、昨年に引き続き今年も取りやめた。記念写真撮影の後、来年ことは海軍祭の完全実施を誓い散会した。
  (文・写真:海軍祭担当 大倉幹事)

春雨の中、水交神社祭を斎行

 呉水交会(会長:佐々木孝宜)は、4月24日(日)呉市入船山公園内に鎮座する水交神社境内において同神社例祭を斎行し、佐々木会長以下28名が参列した。
 従来、当日は、例祭に引き続き総会、講演会及び懇親会をセットにした呉水交会にとって、最も重要な行事を行う一日であるが、昨年同様、本年度もコロナ禍の影響により、総会は書面決議とし、講演会及び懇親会は取り止め、例祭については感染対策を施した上で会員のみで実施することとした。
 例祭前日からの前線が予想以上に北上したため、呉地方は早朝からあいにくの雨となった。
 神事は、佐々木会長を祭主とし、太刀掛祐之亀山神社宮司斎主により厳かに執り行われ、戦陣に散った英霊の御霊を慰霊・追悼するとともにコロナ終息を祈願した。
 春雨に濡れながらの斎行ではあったが、太刀掛宮司からこの時期の雨は二十四節季の一つ穀雨と言われ、この春雨のおかげで日本の百穀は育つとの説話をいただいた。参列会員の元気な姿を確認し、短い時間ではあったが近況を語り合い、記念写真に納まった後、解散した。
 なお、前日に会員28名が水交神社に集まり神社周辺を清掃して例祭に備えた。毎年多くの会員がこの清掃活動に参加しており、今後とも引き続きこの慣例が伝承されることを祈念する。

 呉・江田島地区「春の集い」に参加
 

 4月22日(金)及び23日(土)の両日、呉・江田島地区春の広報行事「春の集い」が開催され、呉水交会からも佐々木孝宜会長や会員が参加した。
 例年、呉・江田島地区とも桜の満開の時期に合わせて開催されている広報行事であるが、昨今の新型コロナウイルスの流行状況を考慮され、今年は4月下旬の開催となった。
 4月22日(金)呉地区においては、呉地方総監伊藤弘海将が「今年は海上自衛隊にとって創設70年の節目の年、地域の皆様とのより一層の親交を深めたい。」と挨拶した。その後、来賓を代表して寺田衆議院議員及び新原芳明呉市長が謝辞を述べた。主会場の庁舎西側庭園では呉音楽隊による野外演奏が行われ、途中、呉市及び海上自衛隊呉地方隊のキャラクター「呉氏」、「くれこ」及び「やまと」のユーモラスな共演もあり、来場者を和ませた。日本遺産に指定されている総監部庁舎内や旧呉鎮守府地下施設群が公開された。災害派遣時に展開される入浴支援器材等の展示もあり、自衛隊の災害派遣活動の一端を知ることができた。
 翌23日(土)江田島地区においては、幹部候補生学校庁舎(赤レンガ)、教育参考館、水交館、賜さん館及び高松宮記念館が特別公開された。教育参考館には海上自衛多創設以来70年の歩みがパネル展示されており、海上自衛隊の歴史を振り返る良い機会となった。特別公開に引き続き、大講堂において呉音楽隊による音楽会が開催された。音響効果抜群の大講堂内の演奏は迫力があった。
 呉・江田島地区ともに、飲食を伴わない「春の集い」ではあったが、1年振りに開催された会場う自衛隊との交流の機会に自衛官を囲んで相互に親交を深めていた。
  (文:木津副幹事長 写真:大倉幹事)