{“type”:”block”,”srcClientIds”:[“0c75cf9a-d6be-47b6-9393-5d63bf9bf525″],”srcRootClientId”:””}呉水交会

役員等
会 長 佐々木 孝宜
副会長 佐 藤 正志
副会長 松 原  進
幹事長 佐 藤 正志
副幹事長小 畑  明 
 連絡先

〒737-0028

呉市幸町6-15

呉水交会事務所

TEL/FAX:0823-36-6662

メールアドレス:

kuresuikoukai01@hb.tp1.jp

呉海軍墓地合同追悼式に参加

 9月22日(火)秋分の日、呉市長迫町にある呉海軍墓地において呉海軍墓地顕彰保存会主催の第50回呉海軍墓地合同追悼式が行われ、呉水交会からも佐々木孝宜会長ほか会員多数が参列した。
 「5点鐘」の鐘の音により式典の開始が告げられ、追悼式実行委員会竹川和登副委員長(呉水交会顧問)による開式の辞の後、海上自衛隊呉音楽隊の国歌演奏の中、海上自衛隊員によって国旗・軍艦旗が掲揚された。参列者全員で黙祷した後、同墓地顕彰保存会神津善三郎理事長(呉水交会特別顧問)が、「当初、新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催が危惧されたが、終戦75年の今年、記念すべき第50回呉海軍墓地合同追悼式を開催することができたことに謝意を表し、恒久の平和と安定を祈念する。」旨の式辞を述べられた。引き続き、広島県知事代理田辺昌彦副知事、新原芳明呉市長そして近傍の呉立長迫小学校代表の6年生の児童3人追悼の言葉を順次述べた。追悼吟詠に引き続き、呉地方総監酒井良海将の参拝・献花の後、儀仗隊の敬礼・弔銃発射が行われ、鎮魂の3斉射が呉海軍墓地にこだました。

 弔銃発射の余韻が残る中、来賓等による献花が行われた。その後、呉音楽隊が、追悼歌「長迫の丘」や「同期の桜」、「海ゆかば」、「軍艦」を追悼演奏した。「同期の桜」曲中に流れた「巡検ラッパ」は参列者の郷愁を誘った。
 フィリピン輸送中、雷撃により犠牲となられた第33特別根拠地隊2等兵曹の甥である兵庫県在住の藤原秀喜氏による謝辞の後、国旗・軍艦旗が降納され兵式となった。
 例年、本追悼式の直会の意味を込めて呉水交会主催の懇親会を近傍のホテルで開催していたが、今年は新型コロナウイルスの影響により同行事を中止せざるを得なかった。来年は、コロナ禍が克服され、呉海軍墓地合同追悼式の後は、英霊の鎮魂そして旧交を温める意味でも呉水交会秋季懇親会の開催を期待したい。
 (文:木津副幹事長、写真:大蔵幹事)

令和2年度前期遠洋練習航海部隊呉出港

呉水交会会員チャーター船で見送り

 練習艦隊司令官八木浩二海将補率いる練習艦「かしま」(艦長1佐 牧孝幸)「しまゆき」(艦長2佐 山口梓)は今春江田島幹部候補生学校を卒業した70期一般幹候課程修了者約155名の実習幹部を乗せ44日間の前期遠洋練習航海(寄港地は水、燃料、生糧品補給のためシンガポールのみ)のため6月9日(火)0900呉を出港した。今回の出港行事は、新型コロナ感染拡大防止のため、来賓、家族の見送りは自粛され、酒井呉総監他、わずかの関係者と音楽隊、在泊艦艇のみが桟橋で見送る状況であった。
 例年と異なり、国民の期待と励ましを直接見に感じることも又諸外国の事情、文化に触れることも出来ない実習幹部達の思いに応えようと、出航日時等を数日前に知らされた呉水交会(会長 佐々木孝宜)はFバース内からは見送れないのであれば、呉港近傍の沿岸から実習幹部の心に残る見送りを行いたいと念願し、木津事務局長、白川常務幹事を中心に「やまとミュージアム」先端の「やまと波止場」、呉海上保安部先岸壁等適地を検討したが、練習艦隊出港ポイントからは、やや遠く思案していたところ、
海上からの見送りの方が練習艦隊の鹿島立ちにふさわしいとの白川常務幹事の提案があり、急遽民間船をチャーターして海上から見送ることとなった。当日は好天にも恵まれ佐々木会長ほか32名の会員(愛媛県から参加の松木俊会員を含む)が午前8時呉中央桟橋に集合し、呉港巡りの船を運航しているバンカーヒルズ社(本社広島市宇品)の「くれない5」に乗り込んだ。Fバースに近づいた後「日の丸」や「呉水交会』「自衛艦旗小旗」「防衛大学校同窓会」の幟を立てて多くの国民の心を代弁する気持ちで手を振り、声をかけ練習艦隊の安全なる航海と大きな成果が得られるよう激励した。チャーター船(船長は海自OB吉田氏)も「UW」(安全なる航海を祈る)信号を掲げ超長音一声を吹鳴、練習艦隊からは手旗でお礼のメッセージがあり、実習幹部、乗員も自衛艦旗を振り「しまゆき」艦長(女性)も手を振って応えていた。白川常務幹事の総員「帽振れ!」の号令で見送りを締めくくった。練習艦隊は「しまゆき」「かしま」の順で整斉と出港した。呉水交会にとって今回初めてとなる海上からの見送り行事は、参加者の感度と清々しさの余韻を残し無事終了した。不遇とも言える今次実習幹部であるが、すべてを得難い経験と受け取ってたくましく成長し7月下旬無事帰国することを祈る次第である。
  (文:小川武志会員 写真:内海、宮川常務幹事)

呉水交会、呉隊友会との合同新年互礼会開催

   講演:前練習艦隊司令官梶元将補 =ラバウル寄港を熱く語る=

 呉水交会(会長:佐々木孝宜 会員574名)は、1月19日(日)クレイトンベイホテルにおいて講演会及び、呉隊友会との合同新年互礼会を開催し、現役33名を含む237名が参加した。
講演会は講師の前練習艦隊司令官(現護衛艦隊司令部幕僚長)梶本大介海将補が、「令和元年度遠洋航海を終えて」という演題で、令和元年度遠洋練習航海の概要について、前半動画による紹介、後半動画を補足する形で講演した。
 本年度練習艦隊の編成と人員は「かしま」、「いなづま」の2隻、人員576名そのうち実習幹部は188名。行動の概要は、初寄港のラバウル(パプアニューギニア)を含む11か国13寄港地を歴訪する環太平洋コースであった。
 各寄港地等の詳細は、「水交」令和2年新春号に記載されているので省略するが、今回初寄港地となったラバウルについて、地元のスーパーマーケットのBGMに「ラバウル小唄」が流れていたことや、市内の各所において、練習艦隊に手を振ってくれる等、極めて親日的であったとの紹介があった。
 また実習幹部は、山本五十六長官がブーゲンビルへ飛び立ったといわれるわバウル西飛行場跡や陸海軍が掘った司令部豪、全長350kmに及ぶトンネル等の様々な戦跡を研修し、祖国を守るための先人の苦労を大いに学んだとのこと。
 ラバウル入港までは「ラバウル小唄」を知らなかった実習幹部が、「さらばラバウルよ、また来るまでは・・・」のまた戦後七十数年を経た今回の練習艦隊の寄港であったことを知り、先人の思いをこめて隊歌演習に於いて同歌を熱唱したとの紹介もあった。
 (本隊歌演習等、YouTubeに「令和元年度遠洋練習航海」が紹介されていますので、是非ご覧ください。)

 引き続き行われた新年互礼会は、
冒頭に新春にふさわしく初春の舞 「初春」を花柳流名取の川崎暢子会員が披露、その後、「君が代」、唱歌「1月1日」をsai斉唱の後、今年度主担当の竹中呉隊友会会長の主催者あいさつ、寺田稔衆議院議員、新原芳明呉市長、神津善三朗呉商工会議所会頭・呉海上自衛隊後援会会長、酒井良呉地方総監の来賓あいさつの後、佐々木呉水交会会長の

「準備出来次第乾杯する。」の予令に」引き続く乾杯の発声により、懇親会が開催された。
 例年同様、着物姿も散見される約30名の女性の参加もあって、会場は終始華やかな雰囲気に包まれた。宴も最高潮に達した頃、森本茂樹呉市議会議長及び出席の呉・江田島市議会議員による一本締めが行われた。その後、海上自衛隊側から参加した井元孝治呉地方隊先任伍長以下7名の先任伍長が、返礼の意味を込めて万歳三唱の音頭を取り、お開きとなった。

  (文:木津副幹事長 写真:大蔵幹事)

海賊対処任務行動を終え帰投した「さざなみ」を出迎え

 1月25日(土)、ソマリア沖・アデン湾において海賊対処活動に従事していた護衛艦「さざなみ」(艦長:石川将司2佐)が任務を終了し、約半年ぶりに母港呉に帰投した。
 「さざなみ」は昨年7月28日、第34次隊として呉を出港し、8月28日から約4カ月の間に11隻を直接護衛。派遣期間中は米国など多国籍部隊と一定の海域をパタロールする「ゾーンディフェンス」にも87日間参加した。海上自衛隊が平成21年3月の任務開始からこれまでに直接護衛した船舶は4千隻に上る。
 定刻の1000よりやや早く、「さざなみ」は、乗員家族をはじめ各級指揮官及び隊員、呉市関係者、呉水交会等の支援団体、船主協会の関係者、海上保安庁、さらには報道機関等、約400人が出迎える中、Eバースに整斉と入港した。
 横付け作業終了後、艦長以下乗員及び海賊検挙時んお司法手続き従事のため乗艦していた海上保安官8名が整列し、歓迎行事が行われました。
 石川艦長が、「任務を完遂し、ぜんいんぶじにきこくしました。」と呉地方総監酒井良海将に報告、その後、派遣海賊対処水上部隊の指揮を執った石川艦長に第1級賞詞が授与された。引き続き河野太郎防衛大臣(呉総監代読)、自衛艦隊司令官糟井裕之海将(第4護衛隊群司令西脇匡史海将補代読)の訓示があり、長期にわたる乗員の労を称えるとともにその間の家族の労に対して感謝の意が伝えられた。
 本行事に呉水交会から佐々木会長ほか会員36名が参加した。
(写真:内海克彦常務幹事、文:木津副幹事長)