呉水交会

役員等

会   長  佐々木 孝 宣
副 会 長  佐 藤 正 志
副 会 長  松 原  進 
幹 事 長  佐 藤 正 志
副幹事長 木 津 忠 則
事務局長 木 津 忠 則

連絡先

〒737-0028

呉市幸町6-15

呉水交会事務所

電話/FAX:0823-36-6662

メールアドレス:

kuresuikoukai01@hb.tp1.jp

呉水交会
幹事会・練習艦隊司令官講演会・懇親会を開催

 呉水交会は、12月2日(土)呉阪急ホテルにおいて、常務幹事会、幹事会、練習艦隊司令官による講演会及び懇親会を開催した。


1 幹事会
 会長以下役員34名の参加により、来年度事業計画、一般会計中間報告等を審議した。通信費削減を目的とした行事等の案内におけるメールの活用の是非等、活発な議論が展開された。幹事会に先立ち、常務幹事会も実施した。

2 講演会
 練習艦隊司令官今野泰樹海将補から「令和五年度遠洋練習航海を終えて」という演題で本年度の南米方面への遠洋練習航海についての講話を拝聴した。参加者は112名であった。今年度の遠洋航海はコロナ禍の制限が解け、寄港地では、日本人会等の熱烈な歓迎を受けたこと、特にリオデジャネイロ入港中、サンパウロ日本人会から実習幹部全員の招待を受けたが、日程の関係で司令官と副官のみの空路訪問となったが、サンパウロ空港において、現地日本人会等多数が日の丸を振って出迎えてくれたこと等、紹介があった。

3 懇親会
 講演の後、今野練習艦隊司令官を囲んで懇親会を開催した。参加者は91名であった来賓の新原芳明呉市長による乾杯においては、日頃の呉市に対する水交会の支援活動について謝意を含む挨拶があった。
 懇談の場では、今野司令官から遠洋航海の裏話も聞くことができた。中田光政呉市議会議長による中締めに、同議長の指名により神田隆彦広島県会議員(呉水交会会員、前呉市防衛議員連盟会長)登壇し、「防衛議員連盟のバッジは、横須賀、呉、佐世保、舞鶴をイメージしたデザインであることを紹介された。会派終始和やかな雰囲気の中終了した。

 

 江田島地区「自衛隊記念日行事」に参加
会費徴収等の一部支援も実施

 10月28日(土)海上自衛隊第1術科学校及び幹部候補生学校主催の「江田島地区自衛隊記念日行事」が第1術科学校構内及び、翌10月29日(日)呉地方総監主催の「呉地区自衛隊記念日行事」が呉教育隊体育館で行われ、呉水交会からも佐々木会長以下多数の会員が参加した
 なお、両行事の会費徴収について呉水交会が支援した。
        

(文:木津副幹事長、写真:大倉幹事)

      呉海軍墓地合同追悼式に参列

 9月23日(土)秋分の日、呉市長迫町呉海軍墓地において呉海軍墓地顕彰保存会主催の第53回呉海軍墓地合同追悼式が行われ、呉水交会からも佐々木孝宜会長ほか会員多数が参列した。
 「五点鐘」の鐘の音により式典の開始が告げられ、追悼式実行委員会竹川和登副委員長(呉水交会顧問)による開式の辞の後、海上自衛隊呉音楽隊の国家吹奏により、国旗・軍艦旗が掲揚された。参列者全員で黙祷の後、同墓地顕彰保存会神津善三郎理事長(呉水交会特別顧問)が、式辞を述べた。
 引き続き、広島県知事代理山根健嗣副知事、新原芳明呉市長そして近傍の呉市立長迫小学校代表の六年生の児童3人が追悼の言葉を順次述べた。追悼吟詠に引き続き、呉地方総監二川達也海将の参拝・献花の後、儀仗隊の敬礼・弔銃発射が行われ、鎮魂の三斉射が呉海軍墓地にこだました。


 来賓等による献花の後、呉音楽隊が追悼歌「長迫の丘」や鎮魂歌として「同期の桜」、「巡検ラッパ」(独奏)「海行かば」、「軍艦」を演奏した。
 遺族代表謝辞において、昭和19年2月22日サイパン沖にて米潜水艦の攻撃を受けて戦死した工作艦「山霜丸」乗組技手のご長男が、2歳1か月での父との別れや、宮大工であった父のDNAを引く継ぎ能面制作の指導に従事していることを披露された。
 国旗・軍艦旗が降納され、大之木捷太郎副委員長(呉水交会幹事)の閉会の辞により、追悼式は終了した。
(文:木津副幹事長、写真:大倉広報担当幹事)

呉水交会第72回掃海殉職者追悼式に参列

 呉水交会(会長佐々木孝宣 521名)は、5月27日(土)呉地方総監部主催の第72回掃海殉職者追悼式に参列した。
 呉水交会は、先の大戦において我が国周辺に敷設された日米両国の機雷を戦後の処理業務等に従事中に殉職された79名の掃海殉職隊員の偉業を永久に讃えるという事業を解散した航啓会から引き継いでおり、例年であれば追悼式前日に中型マイクロバスで会員約25名が四国に進出、適宜の研修を実施、地元の会員とともに夕方の高松港での艦上レセプションから翌日の昼食会までの掃海殉職者追悼式およびその関連行事に参加し、終了後、クレイ帰投するという流れであった。
 しかしながら、コロナ禍においては、掃海殉職者追悼式は、第69回は呉監のみ、第70回は呉監、掃海隊群の限られた参加者により実施され、ご遺族その他呉水交会をはじめとする招待者等の参加は見送られてきた。
 第71回は、掃海殉職者追悼式だけは2年ぶりに実施されたが、艦上レセプション、昼食会等の実施は見送られ、招待者は香川県に限るというものであった。
 そして今回は、昼食会がご遺族と部隊指揮官等の少人数で実施されたほかは、やっとほぼ従来の形で実施された。呉水交会としては、従来通りの感化を検討してきたが、3年ぶりの再会であり計画がなかなか決定されず、今年も有志15名が各自に参加することとなった。
 5月27日(土)、掃海殉職者追悼式前に金毘羅宮高橋由一記念館で実施されたご遺族との懇談では、海上自衛隊側から呉地方総監伊藤弘海将、海幕副長真殿知彦海将および掃海隊群司令金刺基幸海将補、ご遺族(4家族10名)、呉水交会から佐々木会長、木津副幹事長および住田担当常務幹事が出席し、呉水交会として初対面である海上自衛隊側とご遺族との間を取り持ち、追悼式に臨むに当たり両社に良好な関係を構築することに尽力した。
 懇談参加者は、ご遺族をエスコートする伊藤呉地方総監を先頭に金毘羅軍高橋由一記念館から参道を下り、左に折れ、吉田茂首相が揮毫された掃海殉職者顕彰碑前に準備された会場の席につき第72回掃海殉職者追悼式が開催された。
 本追悼式は、掃海殉職者顕彰碑が建立された昭和27年以来毎年5月末に挙行されており、今年もご遺族4家族10名、地元選出国会議員6名、慰霊碑建立発起人の地方自治体の長、海上幕僚副長をはじめとする自衛隊関係者、海上保安大学校副校長等海上保安庁関係者等の多数の来賓や呉水交会会員、海自掃海OB、隊員約150名が参列する中で厳かに執行された。
 追悼の辞は金刺掃海隊群司令が掃海殉職者に対する思いや今後の顕彰継続の重要性について述べられた。参列の各国会議員、香川県知事(危機管理総局長代読)琴平町長(副町長代読)の追悼の詞の次に佐々木呉水交会会長が呉水交会を代表して、航路、港湾の危険かつ困難な掃海業務に従事して壮烈な殉職を遂げられた79柱の御霊を祭る慰霊碑を前に追悼の詞を述べ、最後に「今後も我が呉水交会がその偉業を称え、御霊の慰霊顕彰に努めていくことを固くお誓い申し上げます。」と結んだ。
 海上自衛隊員夏礼装の純白と金毘羅宮境内にそびえる木々の新緑が見事に調和した情景のもと、時折吹き抜けるそよ風に心地よさを感じる中、儀仗隊による弔銃発射音が境内に響きわたり、参列者による献花、呉音楽隊による追悼の調べが流れ、掃海殉職者を追悼するにふさわしい厳かな式典を盛り上げた。
掃海殉職者顕彰碑の前での記念撮影後、佐々会会長は昼食会に参加し、昼食会をもって第72回追悼式は無事終了し、参加いただいたご遺族と来年の再会を誓い、各自帰路についた。
                  (文:住田常務幹事 写真:大倉幹事)

呉水交会令和5年度「海軍祭」開催

 呉水交会(会長佐々木孝宣)5月14日新緑薫広島城内の広島護国神社において海軍祭を開催し た。 昭和37年5月27日、旧広島水交会が初めて斎行以来、63回目の開催となる。 今年は新型コロナウイルス5類移行に伴い、4年振りに祭事、講演会及び懇親会のフルバージョンの開催となった。 参加者は会員45名であった。
午前10時30分、本殿前において呉水交会員の手より粛々と軍艦旗が掲揚された。 張り詰めた空気のなか、揚がる軍艦旗に参拝中の市民や外国人が神妙な面持ちで見入っていた。
 引き続き本殿において「祝詞奉上」(118年前の日本海海戦の様子を語り、 これからも国の礎はゆるぐことなく栄えさせ給えとの趣旨)「巫女舞」(香淳皇太后の御詠歌を振り付けした巫女の舞は、国に殉じた海軍将兵の慰霊と往時の功を偲ばせる優雅なもおあった)「玉串奉奠」等の祭事が厳粛に執り行われた。
 祭事後、参集殿に場所を移し、自衛隊広島地方協力本部長柿内敦志1等海佐を講師に迎え講演会を実施した。
「広島地本長雑感~海上要員の確保に向けて~」と題し、隊員の確保について、自衛官の募集は年々厳しくなっており、特に海上自衛官の入隊者が激減している現状等の説明があった。 OBとして何とか協力したいもの、協力できる手段は何かを考えさせられた。 
  なお、最近の入隊動機として、陸自希望者は「災害派遣で貢献したい。」 のに対し、海自希望者は、「近親者が自衛官で海が好きであり海上防衛に貢献したい。」 との回答が顕著であるとの紹介があった。
 講演会に引き続き、参加会員待望の懇親会に移行。 叙勲受賞のため祭事後東京に移動した佐々木会長に代わり佐藤副会長があいさつし、勝山顧問の献杯(神事御下がりのお神酒使用により乾杯を献杯と発声)により静かにスタートした懇親会も時を置かず熱き海の男たちにより盛り上がった。 宮司差し入れの加藤友三郎も愛飲した清酒「蓬莱鶴」及び松本常務幹事が持参した鹿屋の芋焼酎「元帥 東郷平八郎」(18年前の日本海海戦100周年 鹿児島水交会の企画酒)は瞬く間に空いてしまい、海上武人いまだ健在なりの心意気を感じた。
 恒例の軍歌演習は、コロナの制限は解除されたとはいえ、神社内の放歌高吟は控えることとし中止した。 来年は軍歌演習も再開されることを期待する。 以上、「ぶんた~い・・・とまれ。」