佐世保水交会

役員等
会 長
外村 尚敏
副会長
大平 愼一
副会長
細國 春夫
副会長
田島 髙明
副幹事長
舩渡 健
総務幹事
筧  豊隆
連絡先

〒857-0053

佐世保市常盤町8-8 富士ビル3階

佐世保水交会

TEL/FAX:0956-24-1360

佐世保よさこい祭り出場の海闘チームの激励会

  水交会佐世保支部では、1014()、佐世保よさこい祭りに海上自衛官を主体として出場する唯一のチームである海闘の激励会を実施いたしました。 

   本激励会は、佐世保防衛経済クラブ、隊友会佐世保支部及び佐世保海上自衛隊OB会と共催で海闘を応援するため行われたもので、調整・企画を水交会が担当いたしました。 海闘代表からの海闘の概要紹介の後、舞の披露をしていただきました。その後、各団体から、よさこい本番では、食事をとる時間もないことから簡易に栄養補給ができるゼリー型の栄養食品などの差入れ品を手渡すとともに、かわいらしい子供たちのメンバーにはハロウィンのお菓子をプレゼントし、激励しました。

  最後に、菊地聡佐世保地方総監から海闘に激励の言葉と、激励会を催した各団体に感謝の言葉をいただきました。 本年は、佐世保地方隊創設65周年、海闘結成10周年にあたることもあり、海闘のメンバーには、総監部各部長、佐世保警備隊司令、佐世保海上訓練指導隊司令、ちょうかい艦長という「大物」も加わり人数だけではなく、平均年齢も大幅にアップしておりましたが、演舞披露では、見事な舞を披露していただきました。 佐世保近郊の方は、ぜひ、応援をよろしくお願いいたします(総務幹事筧記)

 

平成30年度部隊等研修「陶芸体験」

台風24号が日本列島太平洋側を駆け抜けた930日(日)、水交会佐世保支部は平成30年度部隊等研修として、海自OBで水交会会員である木下博会員(平成16年幹部予定者課程)が奥様とともに主宰する「ひな窯」(住所:佐賀県嬉野町下宿甲3305-1 電話:090-4999-8260)で「陶芸体験」を実施しました。

 参加会員は当日の課題であるWelcomeボードの制作に取組むことになりましたが、まずは、陶芸の基本である「紐」作りに四苦八苦してしまいました。この紐は、ボードの上に文字や模様を形作るものですが、木下会員と奥様が手本を示してくれるものの、同じようにやっているように見えても力の入れ具合がわからず、太くなったり、細くなって切れそうになったり、それでも参加者の皆さんは童心に帰り、錨や花を表現するなど、和気あいあいの雰囲気の中、思い思いの作品に仕上げていました。

 Welcomeボードが思ったより早く仕上がったことから、木下夫妻の計らいで器を製作することになり、今度は手回しのロクロに挑戦しました。奥様のためにマグカップを製作する方、料理を盛り付ける皿を作成する方など、作品は各人様々でしたが、出来上がった作品を眺め、これに色を付けて頂き超一級の作品に焼きあがることを夢見ているのか、皆さん満足そうな表情を浮かべていました。

 参加者の皆さんからは、大変楽しく、貴重な機会であったとの所見を得ることができました。

 今回研修の場を提供していただいた木下会員は、有田窯業大学校で陶芸を学び、自宅傍らに「ひな窯」を構え、奥様とともに、素材の味を活かした素朴な可愛い陶器のお人形や器を作っています。奥様は様々な展覧会で賞をいただいており、窯には多くの観光客も訪れるほどに活躍されています。手びねり、ろくろ、絵付けの陶芸体験もできますので、嬉野にお出かけの際には是非一度、訪れてみてはいかがでしょうか。(水交会佐世保支部 二瓶幹事)

 

「日本海海戦113周年記念式典」を挙行

    五月二十七日(日)、佐世保水交会は佐世保海軍OB会、海上自衛隊佐世保OB会とともに日露戦争における「日本海海戦113周年記念式典」を佐世保海軍墓地で挙行した。当日の天候は前日までの予想から一転、晴天となり、準備作業、式典、祝賀会は円滑に行われ、若干の暑さから気分が悪くなる方がでるかな?との危惧もあったが、幸い発生せず安心した。墓地敷地の皐月は、例年より少し早く満開となってしまっていたが、国旗と「軍艦旗」「Z旗」が良く映えていた。

    式典は、北村誠吾衆議院議員、佐世保市長、市岡佐世保市議会議長をはじめとする県議・市議等、そして前田自衛隊後援会会長をはじめとする地元経済界・友好諸団体の代表、そして現役側からは菊池佐世保地方総監、佐藤佐世保地方総監部幕僚長、大判第2護衛隊群司令をはじめとする海上自衛隊の佐世保・大村地区在籍部隊指揮官・先任伍長、陸上自衛隊からは小野田水陸機動団副団長、そして本年も佐世保教育隊から自衛官候補生等350名が、さらにその家族も約15名参列した。さらには、有志、海軍・海自OB等会員あわせて総勢約480名が参列するなか厳粛に執り行われた。
    式典は主催者側を代表して外村佐世保水交会会長が挨拶、例年は日本海海戦の歴史的意義を含み挨拶を行うが、今回は特に、二つの観点から挨拶した。一つは海軍記念日制定の経緯から本式典の開催の趣旨を述べ、本来、日本海海戦の戦勝記念であったが、近年は英霊の慰霊も併せて戦後も継続して行われていること、そして二つ目は東郷司令官が敵将ロジェストウィンスキ―司令官を見舞ったことを引き合いに武人の魂、心が、今でも佐世保では「海軍さん」という言葉が随所で聞かれるように、その後の海軍を支える国民の姿勢の醸成にも影響を与えていることを訴え、今後も当該海戦の結果が現代日本の繁栄の礎になったとの認識のもと、本記念式典を継続し、英霊を偲ぶとともに、先人の遺志を伝承していかなければならないとの決意を述べた。

    菊池佐世保地方総監は、日本海海戦は国防は国民が支える姿勢があってこそ盤石なものになるという十分過ぎる教訓であり、さらに国防は太平の世に安心して漫然と臨めば砂上の楼閣となることは必定であり、海上自衛隊も海軍の先人達の教えを活かし、肝に銘じて平時・有事・いわゆるグレーの事態問わず実力の涵養に努め、あらためて職責を全うし任務を果たすと誓われた。

   佐世保市長は、本式典は国防の意義を知るのに極めて良い機会であり、佐世保海軍墓地(佐世保市公園管理課管轄)も国家に殉じた人達を慰霊しており、関係者の献身的な慰霊の心を持って維持されている。基地とは切り離せない佐世保という街は今後も基地と共生していく姿勢で臨みたいと述べられた。

    式典後は墓地休憩所において祝賀会を行った。海上自衛隊現役も多数出席し一般の出席者や海軍・海自OBと和やかに懇談していた。昨年同様、本年も北朝鮮の状況もあり、いつも以上に往時の戦争に至る施策と現代の防衛政策の差異に議論が盛り揚がっていた方々もあった。参会者一同、国防に対する思いには差異がなく、最後は、「日本海海戦」の歌を声高らかに歌い万歳三唱後、閉会した。

    投稿者は本年も報道担当を仰せつかり各社記者の質問に対応した。本年は地方紙2社と地元CATVの3社が取材に来た。全国紙の一紙は対馬で行われた慰霊祭を取材したようで訪れることはなかった。翌日の新聞記事は従来の記事と同様の内容ではあったが、取材の姿勢は、記者も本式典取材は初めてのことで、また昨今の国際情勢の影響もあるのか、極めて真摯なものであった。

    投稿者は退官後10回目の式典参加であったが、最近は式典開催の意義に鑑み「本来の祝勝記念に重きを置くべきだ」「いやいや、海軍墓地でやる以上、慰霊に重きを置くべきだ」「そう言わずに、両方をやって良いではないか」という意見が出てくるようになった。式典の最初の会長挨拶もこのあたりを意識したものである。
   いずれにしても、日本海海戦の歴史的意義を伝え続けていくなかで、海戦勝利に祝意を示すとともに今日の日本の繁栄の礎となった戦いで散華された英霊に対する慰霊という行事そのものを行うことについては異論はないものと思う。今後、当会幹事だけではなく会員はもちろん、式典要領の懸案として共催団体(海軍OB会、海自OB会、墓地保存会)や協力をお願いしている佐世保総監部のご所見を得て佐世保水交会として検討していく方針である。

    最後に、毎年、式典会場の設営に佐世保教育隊、そしてラッパ隊の派出等、海上自衛隊の現役の皆様に、多大なお世話をいただいていることに心から感謝を致します。
(大平副会長 記)

 

平成三十年度 佐世保水交会定期総会
 
物故者に対する黙祷・新入会員紹介
~ 事業報告・収支決算報告・新年度事業計画 ~
   中谷元 元防衛大臣講演・懇親会
 
   佐世保水交会は、新緑の若葉が美しい四月十四日(土)富士国際ホテルにおいて平成三十年度定期総会を開催した。  総会当日は、生憎、悪天候であり、講師の中谷元 元防衛大臣が長崎空港に到着できるかにやきもきした。  総会前、「着陸できる?」「代案は?」等、一喜一憂したが、「長崎空港着」の一報がはいり一同、胸をなでおろした。

   総会の冒頭では、過去一年間に鬼籍に入られた方々に対する黙祷が行われ、続いて新入会員の紹介を行った。引き続き、昨年度の事業報告及び同収支決算報告並びに新年度の事業計画等、各議案の発表があり、満場一致で了承された。
    また、佐世保水交会発足時から、長きにわたり水交会活動へご尽力され、この度退任する中山悟・副会長に感謝状を贈呈した。

   講演は、衆議院議員、元防衛大臣である中谷元氏に「今後の我が国の安全保障」と題しご講演を賜った。 激変する世界の国々の大統領等を顔写真付きで紹介、その勢力図や人物評を交えての説明は説得力があった。また、朝鮮半島での中国及びロシアを含む勢力図の中で韓国は極めて重要であり、今後、日米韓が手を携えていくことが必要不可欠であることを強調した。
    現在、衆議院安全保障委員会委員と憲法審査会筆頭幹事として活躍されておられることから豊富な話題を披露していただいた。北村誠吾・衆議院議員、朝長則男・佐世保市長、菊地聡・佐世保地方総監、各部隊指揮官並びに多くの諸団体の長の方々が熱心に聴き入っていた。

   会長の私は、ご挨拶冒頭「齋藤隆・水交会理事長からの祝辞」(水交会が平成二十三年六月に公益認定を請けて以来、早くも七年が経過しようとしていますが、水交会そのものは、昭和二七年に任意団体として発足以来、ほぼ海上自衛隊の歴史に重なる長い歴史と伝統を有しております。この間、全国の海軍、海上自衛隊OBとそのご家族はもとより、多くの有志の方々並びに現役自衛官の皆様のご理解とご支援のお陰で現在があることを忘れてはならないと考えています。一部抜粋)を代読、その後、再度、中山副会長のご功績を披露して感謝の意を表した。
    また、現在の会員数が佐世保水交会発足当時の270名を5名ほど超えたが会勢拡充は喫緊の課題であり、今後とも更に努力していく旨を参加者に訴えた。 結びに、海上自衛隊と町や諸団体との架け橋となれるよう今後とも汗をかいていく覚悟であり、加えて佐世保水交会に対する会員諸氏並びに現役自衛官の惜しみない会勢拡充への協力をお願いして挨拶とした。

    懇親会では久しぶりに会う現役後輩からは現在の世相を反映した海自規則の改正や若い隊員の考え方の変化等を聞き、OB先輩からは水交会活動へのお叱りを受けたりしながらも、現実に沿った実のある現役支援のやり方と本来の趣旨に沿った水交会活動を目指す必要があるとの意を強くした。酒が進むにつれ、OB、現役お互いに幕末の志士宜しく、天下国家のあり方や国防とは・・・!を話していたかと思えば、年金の話、ペット自慢となり、脈絡なく愚痴と自慢話(?)の繰り返しが多くなった頃合いを見て、当会きっての名司会者田島副会長の進行宜しく、青木水陸機動団長音頭による万歳三唱で懇親会はお開きとなった。各出席者は二次会の約束をしながら三々五々、夜のとばりに消えていった。
(佐世保水交会会長 外村尚敏 記)

 

「第112回日本海海戦記念式典」を挙行

 五月二十七日(土)、佐世保水交会は佐世保海軍OB会、海上自衛隊佐世保OB会とともに日露戦争における「日本海海戦112周年」記念式典を佐世保海軍墓地で挙行した。当日は雲一つないすがすがしい天気となり、墓地内の満開の皐月の中で国旗と「軍艦旗」「Z旗」が良く映えていた。

 式典は、北村誠吾衆議院議員、佐世保市長(東 基地政策局長代理)、市岡佐世保市議会議長をはじめとする県議・市議等、そして前田自衛隊後援会会長をはじめとする地元経済界・友好諸団体の代表、そして現役側からは佐藤佐世保地方総監、出口佐世保地方総監部幕僚長、泉第2護衛隊群司令をはじめとする海上自衛隊の佐世保・大村地区在籍部隊指揮官・先任伍長、陸上自衛隊からは中澤西方混成団長兼相浦駐屯地司令、小野田水陸機動準備隊長、そして本年も佐世保教育隊から自衛官候補生等299名が参列した。さらには、有志、海軍・海自OB等会員あわせて総勢約425名が参列するなか厳粛に執り行われた。

 式典は主催者側を代表して外村佐世保水交会会長が、式典の意義を日本海海戦の戦勝記念と英霊の慰霊を念頭に、ロシアの南下政策打破という国運をかけた日露戦争、とりわけ当該海戦の結果は現代日本の繁栄の礎になったとの認識のもと我々は英霊を偲ぶとともに、先人の遺志を伝承していかなければならないとの決意を述べた。特に、司馬遼太郎の歴史小説「坂の上の雲」にも登場する「久松五勇士」の史実を詳細に述べ、「手柄話さえ妻にも語らなかった日本人としての美徳」を強調し、現代の日本人が忘れかけている真の生き方は、この精神にあると訴えた。

 佐藤佐世保地方総監は、この旗の国に生まれ、この旗の国に育ち、この旗の国を守る我々にとって、日本海海戦は十分過ぎる教訓であり、海上自衛隊も海軍の先人達の教えを活かし、あらためて職責を全うし任務を果たすと誓われた。

 式典後は墓地休憩所において祝賀会を行った。海上自衛隊現役も多数出席し一般の出席者や海軍・海自OBと和やかに懇談していた。本年は北朝鮮の状況もあり、いつも以上に往時の戦争に至る施策と現代の防衛政策の差異に議論が盛り揚がっていた方々もあったが、参会者一同、国防に対する思いには差異がなく、最後は、「日本海海戦」の歌を声高らかに歌い万歳三唱後、閉会した。 (「日本海海戦」の歌を皆さん、唄えますか?それも6番まで。因みに当支部では事前の打ち合わせと事後の反省会において毎年、交互に必ず出てくる所見が、3番までにすれば『短い!最後まで唄って物語が完結するんだ!』6番までにすれば『長い!3番までで良い!』です。3番又は6番までのどちらかに決して行っても事後の厳しい口調のご指摘は覚悟せざるを得ない担当幹事泣かせの項目です。最近は「6番まで」が定着してきた感がありますが・・・。)

 投稿者は昨年同様、報道担当を仰せつかり各社記者の質問に対応した。翌日の新聞記事は従来の記事と同様の淡々とした内容ではあった。昨年、取材に当たった記者がほとんどであり、昨年と同じ質問をする者もいたが、取材の姿勢は昨今の国際情勢の影響もあるのか真摯なものであった。
 式典に参加するたびに思うのは、海戦勝利に祝意を示すのはもちろん、今日の日本の繁栄の礎となった戦いで散華された英霊に対する慰霊顕彰の継続と、日本海海戦の歴史的意義を伝え続けていくことを水交会会員として誓いたいということである。
 最後に、毎年、式典会場の設営に佐世保教育隊、そしてラッパ隊の派出等、海上自衛隊の現役の皆様に、大変なお世話をいただいていることに心から感謝します。(大平副会長)

 

平成28年度佐世保水交会定期総会

佐 総会(28.4.9) 物故者に対する黙祷・新入会員紹介

 ~事業報告・収支決算報告・新年度事業計画~

 佐世保地方総監講演・懇親会・新会長挨拶

 佐世保水交会は、新緑の若葉が美しい4月9日(土)富士国際ホテルにおいて平成28年度定期総会を開催した。総会に先立ち、小林拓雄会長から三石琢磨副会長並びに松永幸也幹事に長年の水交会活動への功績に対して感謝状の贈呈があった。

 総会の冒頭で、過去1年間に鬼籍に入られた方々に対する黙祷が行われ、続いて新入会員の紹介を行った。引き続き、昨年度の事業報告及び同収支決算報告並びに新年度の事業計画等、各議案の発表があり、満場一致で了承された。

 今回は、佐世保水交会会長が交代し、赤星慶治・水交会専務理事から小林拓雄会長へ感謝状が、外村尚敏・新会長(幹候26期)に対して委嘱状の伝達が行われた。

 講演は、山下万喜・佐世保地方総監による「西海の護り 三つのサポート」という演題で、その3つのサポートは、佐世保警備区内の造修、補給などの後方支援能力の充実を図る部隊支援、隊員が後顧の憂いなく任務に邁進できるよう家族支援策を充実強化する家族支援、地域コミュニティーとの更なる連携に取り組む地域支援に関する極めて具体的なものであった。佐世保地方隊の現任務又は安全保障問題に関する演題ではなく初めての試みということもあり、朝長市長をはじめ多くの諸団体の長の方々が前列で熱心に聴き入っていた。まさに、「わが胸の 燃ゆる思いに くらぶれば 煙はうすし 桜島山」(筑前、現在の福岡の勤王志士であった平野国臣 作)という歌を思い出すほど山下総監の熱き思いが皆に伝わってくる講演であった。(『幕末が激動する万延元年の作であり、心の内にある熱い尊王攘夷への情熱に比べてみるとあの黒黒と噴き上げている桜島の煙など、まだまだ薄いものよ。』という歌意である。)

 新会長に着任した私は、懇親会での挨拶の中で水交会の「名称の由来」、「起源等」を紹介し、今後、佐世保水交会が取り組むべき事柄について開陳した。

 その喫緊の課題は「会勢の拡充」であると強調した。佐世保支部のステータスの向上とは裏腹に、海上自衛隊を退職された後、水交会への入会者数が減少傾向をたどっており、今年3月末現在、会員数は251名である。このような現状に鑑み、佐世保水交会創設当時、平成14年の270名を超えることを目標とすること、次に『水交会の会員になって本当に良かった。』と思えるような魅力ある組織作りを目指し、その結果、会員数が増加するようにしたいと述べるとともに、在任期間中、特に、海上自衛隊と町や諸団体との架け橋となれるよう汗をかいていく覚悟があることを述べ、加えて佐世保水交会に対する会員諸氏の惜しみない協力をお願いして挨拶とした。(佐世保水交会会長外村尚敏記)

海軍兵学校針尾分校の碑の維持管理

 佐280116針生分校の碑佐世保水交会は、平成28年1月16日(土)、「海軍兵学校針尾分校の碑」の清掃作業を実施した。

 戦雲急を告げる昭和20年3月1日に海軍兵学校の分校として針尾分校が開校(現ハウステンボス内)し、外地を含めた全国の中学から9万人を越える若者たちが応募し、最終的に4千48名が合格、愛国心で満ち溢れた海軍兵学校第78期の若人たちは、4月3日に入校するとすぐに勉学・訓練を開始した。しかし、敵の九州上陸を考慮し、わずか3か月余りで針尾分校に別れを告げ、昭和20年7月には山口県の防府分校へ移転した。 顧みれば、海軍兵学校の前身は長崎海軍伝習所に端を発し、1855年に江戸幕府が海軍士官養成のため現在の長崎市に設立した教育機関である。以後、場所を横浜、築地、江田島へと移転を重ね、かつ名称も改称され、現在では海上自衛隊幹部候補生学校(江田島市)となっている。この針尾分校跡は、戦後、外地からの引揚者のための宿泊施設として利用され、その後は工業団地等となり、現在では、オランダの街並みを再現したテーマパークとして有名なハウステンボスとなっている。

 佐280116針尾分校の碑2さて、「海軍兵学校針尾分校の碑」は、海軍兵学校第78期生が、わずか3か月余り、起居を共にした針尾の学舎を、後世へ語り継ごうという思いから、平成4年9月にハウステンボス内の一角に建立したものである。その後、ハウステンボスからの立ち退き問題が生起し、平成17年9月、紆余曲折を経て佐世保市所轄のハウステンボス町2番4号の市道歩道橋基部への移設となり、平成18年9月から海軍兵学校第78期会から委託を受けた佐世保水交会が、同碑の維持管理(覚書)を行っているものである。また、平成27年6月30日、海軍兵学校第78期会の解散が決定し、水交会本部との覚書に基づき、引き続き佐世保水交会が、末永く維持管理等を継承することを依頼されたものである。 同碑の付近は、平成19年11月に周辺美化対策(雑草対策)の一環として、海軍兵学校第78期会が佐世保市に働きかけて、道路改造承認を得てインターロッキング舗装を施工した。しかしながら、側溝への落ち葉、同碑の傍らに立つ「ヤマモモ」や「楠」付近の雑草、或いは近くの木々からの落ち葉や枯れ枝などによって、同碑はもとより周辺の美観が損なわれるため、定期的な清掃作業は必要不可欠となっている。建立当初は、慰霊顕彰担当幹事が月1回(中旬)また、海軍兵学校第78期会の会員数名も月1回(下旬)と、清掃作業を毎月2回ずつ実施していた。最近では主として水交会会員が月1回(中旬)を標準として清掃作業を実施しており、この一角だけ美観は保たれている。

 今では開校当時の面影はないが、「海軍兵学校針尾分校の碑」の清掃作業をするたびに「海軍兵学校第78期生が、わずかな期間ではあったが、針尾の地で起居を共にし、日夜、勉学・訓練に励んでいたという史実を末永く後世に語り継いでいきたい。」との思いを新たにするのである。

(幹事長外村尚敏記)